今年一嬉しい出来事だったかもしれない事
私にとって思い入れのあるバンドとかミュージシャンはいくつかあるのだが、その中でも特に酔狂していたバンドが、スーパーカーだ。
wikiを読んでわかるようにこのバンドは2005年に既に解散している。
だから私と同世代の方は知らない人も多いはず。
私がこのバンドを知ったのは大学生の時だったと思う。はじめて聴いたきっかけは、とある映画のサウンドトラックにこのバンドの曲が使われていたからだ。すぐにネットでググってTSUTAYAにアルバム借りに行った。
スーパーカーというバンドの凄さは他の人が証明しているのでそちらを見ていただきたい。(私の文才じゃ伝わらないし今回の記事の主旨に反するので)
↑この方がいうように一言で言うとセンスの塊のようなバンド
当時大学で流行っていたロキノン系バンドと呼ばれる音楽に飽き飽きしつつ、洋楽もまだほとんど未開拓だった私にとってこのバンドはものすごく斬新で衝撃だった。今思うと、シューゲイザーやエレクトロの電子音楽を私に初めて教えてくれたバンドだったと思う。
調べてみるとメンバー全員青森県出身だった。センター試験に失敗し、青森の超底辺国立大学に鬱々と通っていた私にとってそれも運命のように感じて嬉しかった。彼らが地元のことを歌詞の中で「青い森」と表現するのも好きだった。だから私はちょっと青森も林檎も好きになれた。
でもスーパーカーは既にこの世には存在していなかった。悔しかった。ライブとか行きたくても行けない。当時の彼らをこの目にすることはできない。解散ライブのDVDを何度も観て泣いた。社会人になってから、ギターボーカルで作曲担当だった中村弘二(ナカコー)のソロプロジェクトのライブには行った。スーパーカー時代の曲を数曲演奏してくれたのは嬉しかった。でもますますスーパーカーとしてのライブが観たかったなあという思いが募った。
本当に本当に私にとって伝説で幻のバンドだった。
そしてもっと悲しくて辛かったことがある、、
この話をほぼ誰とも共有できないことだった。
私は好きな音楽やら映画やらを他人と共有したり意見をかわすのが本当に好きでして。そこから新たな発見があったり良さを再確認できるきっかけになる。
でも、私の周りにスーパーカーファンがほとんどいなかったのである。過去に好きだった人にも会ったことがない。
音楽好きの人と会話してても
「あーピンポンの曲の人ね。ピンポンの曲だけ知ってるわ」
「バンドは知ってるけどちゃんと聴いたことない。聴いてみるねー」
でだいたい聴いてくれずに終わるw
もうこの好きな気持ちを誰かと共有するのは不可能だと察した。そりゃ流行った世代も違うししょうがない。私の胸のうちに秘めて自分だけで楽しもう。音楽なんて自己満の世界だ、と変に達観しながら数年過ごした。
しかし先日、人生で初めて身近にスーパーカーのファンに会ったのだ。
その人はこの前まで勤めていた会社の男性社員(しかも新婚)だった。毎日顔を合わせていたものの仕事で関わる機会はなく話した事も全くなかった。しかしひょんなことから会社の飲み会で同席になり、話す機会に巡り会えた。全く音楽と関係ない話の流れから“すーぱーかー”という単語が出て、なぜかバンドの話になったのだ。
「未だに家にライブTシャツあるよ。」
ええええええええええええええええええええええええ
まじっすか!!!!ライブまで行ったんすか!!!いいなああああああ!!!!
「ナカコーとかと同い年だしめっちゃ世代。堀さんも同世代かよw」
嬉しかった。今年一嬉しい出来事だったかもしれない。
残念な事にその人は新婚。しかも私は会社を辞めて渡豪する身なのでその人とはもうスーパーカートークできない。
なので、この文章みてる人はぜひ聴いてみて私に感想を教えてほしい。
AppleMUSICでも聴けるよ。Supercar on Apple Music
ちなみにこの糞ブログの名前は
この曲の歌詞から引用しました。
最後に、3年前ナカコーさんからツイッターでリプライもらったことあったのを思い出した。(2014年W杯ネタだけどなww)